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上町台地とは南北に渡る台地のことで、北部は中央区の大阪城・天満橋の辺りで、そこから
緩やかに小山を形成し、天王寺区・阿倍野区周辺を経て、南部の住吉区・住吉大社付近に至り、
その辺りでほぼ平地になり清水丘を以て終わり、長さ12km に及びます。
歴史・文化の発祥地であり、大阪城はもちろん、谷町8 丁目に近松門左衛門の墓が、
上本町西4 丁目には井原西鶴の墓があります。




北部の豊中市から大阪市内の上町台地の西の端を通る上町断層は、大阪府南部の
岸和田市まで続きます。長さは約40 km で、断層の東側が西側に乗り上げることで、
千里丘陵や上町台地が形成されました。
断層の最新活動時期は、約28,000 年前~約9,000 年前と思われ、
平均活動間隔は8,000 年程度と推測されています。8,000 年……だいぶ先ですね。。。
上町台地は断層の東側にあり、古くからの半島で地盤がしっかりしていて、特に
標高の高い上町台地中心部は地震時の被害が少ないと言われています。
高台にあるため水害にも強く、ハザードマップ等でも「安全なまち」として評価されています。




◇ちょっと豆知識◇
大阪という呼び名は、江戸時代は「大坂」といわれていましたが、明治に入って「坂」は
土に返るという意味や、分解した字が「士」(幕府の残党)の「反」(反乱)と読め、
縁起が悪いとして現在の「大阪」の字が使われるようになったそうです。

空堀商店街の「空堀」の由来は、豊臣秀吉が大阪城の守りのために築いた堀のうち、
この周辺にあった南惣構堀は水を入れない空(から)の堀であったことからだそうです。
ということは…この周辺も当時は大阪城の城郭内にあったということですね!